2012年3月11日日曜日

一年

今日は雨じゃないけど、とにかく風が強い。うちのあたりは風の通り道みたいで、この時期、台風のように強い突風が吹きます。風のひゅーひゅーいう音も「いったいナニゴト?」と心配なほどだし、家ごと揺れてちょっとこわいです。

さて…、きょうはあの日ですね。

復興を妨げているさまざまなモノに、なんともいえない気分の悪さを感じてます。
一年経ってもまだこういう状態なのは、”例のもの”のせいですよね。数日前、Twitterで宮崎がガレキを受け入れるという話が出ていて、それに対して「安全な食料確保ができる場所がなくなってしまう」という意見に「(行政機関に)電話かけよう」という助言があって、それに対して知人が「こういう過激派は…」みたいな事をコメントしてて、本人を知ってるだけにちょっとショックでした。
だって、イチ個人として安全な食料を確保したい気持ちをどうにかして表現するには、直接的にそういう方法しか”今”はないんだもん。このドサクサで、あっちの国の野菜や、こっちの国の食材がガンガン輸入されてて、モン◯ント社の思う壺的な不気味さがあったり、ガンガン農薬使ってたり遺伝子組み換えのほうがマシ?っていう、変な脳みそ変換になっちゃって、それもなんだかなぁーる感じてますよ、わたしは。
それよりは、南九州でできるものが少しでも汚染されていなくて、助けたいと思うんだけど、間違ってる?

「じゃ、広島は?長崎は?核実験したあとの中国からの黄砂は?」という返信があったけど、それももちろん心配だけど、そこを議論してるわけじゃないのよね。全国でガレキを受け入れる必要はないわけで、むしろ地元の雇用促進にはその場で処理したいと思っているし、そもそも生活するのにどうしようもない量のガレキがジャマになってる状態は過ぎているそう。全国にまいて、各都道府県にそういうポストを設けて、天下らせたい色気がちらちらして、ジャマなんだが?

「人も、瓦礫も、農産物も閉じ込めるってことと同じだよ」と言われたけど、まったくそういう気持ちじゃなくて、今、食料確保するのに日々奔走してる身としては(自分が…じゃなくて、子ども)、こういうのは困るから、困っているのをわかってもらうには電話するくらいしかできないよなぁぁ〜と漠然と思ってしまうんだけど、私ってヘンですか?

見えないからこそ、不気味です。この3年くらいの過ごし方で、娘や息子、コレから生まれてくるかもしれない孫の体調が変わってくるのなら、かぁちゃん、ちょっと口うるさく言っちゃいたい気分です。

さて、去年のこの日、有楽町で友だちと遅ランチのスイーツが出てきたところで、大きな揺れ。きょうも、ドルチェの『いちごのパンナコッタ』が出てきたところで、サイレンが…。

そっと目を閉じて、手を合わせると、なぜか、涙がにじんできました。
東北に住んでる人たちへの同情ではなく、何もできない自分が情けなくって…。


日本はいったいどこに向かって行くんでしょう。
こんな国で子を産んでしまった事が、心底、悔やまれてなりません。