2014年10月11日土曜日

きりりとスピーチ

庭のオータムポエムがぽっきり折れてダメになっちゃったので追加で種まきしたり、虫除けネットの中に虫がいて(いったいどうして?)駆虫してたりしてたら、あらたに虫にかまれた私。けさ起きたら、掻ききっててシーツに血の跡がついてました。

たしかに夢うつつでぽりぽりした記憶があるわ。洗濯せねば…。

くもってるけど乾くかなぁ。台風が近くにいる時独特の風が吹いてて、外に出せば乾きそうなんだけど、このあいだから降ってる火山灰が舞っちゃってるんだよなぁ。ううう、どうしよう。

さて、きのうはノーベル平和賞のニュースが入ってきましたね。
事前の候補には、日本の憲法9条も入ってるというウワサもありましたが、なんといっても話題はこの人。

力強く話す声を聞きながら、以下の訳文をどうぞ。あ…、めんどうだったら端折ってね。
慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において。パン・ギムン国連事務総長、ブク・ジェレミック国連総会議長、ゴードン・ブラウン国連世界教育特使、尊敬すべき大人の方々、そして私の大切な少年少女のみなさんへ、アッサラーム・アライカム(あなたに平和あれ)。今日、久しぶりにこうしてまたスピーチを行えてとても光栄です。このような尊敬すべき人たちと共にこのような場にいるなんて、私の人生においても、とてもすばらしい瞬間です。そして、今日、私が故ベナジル・ブット首相のショールを身にまとっていることを名誉に思います。どこからスピーチを始めたらいいでしょうか。みなさんが、私にどんなことを言ってほしいのかはわかりません。しかしまずはじめに、我々すべてを平等に扱ってくれる神に感謝します。そして、私の早い回復と新たな人生を祈ってくれたすべての人たちに感謝します。私は、みなさんが私に示してくれた愛の大きさに驚くばかりです。世界中から、温かい言葉に満ちた手紙と贈り物をもらいました。それらすべてに感謝します。純真な言葉で私を励ましてくれた子どもたちに感謝します。祈りで私を力づけてくれた大人たちに感謝します。私の傷を癒し、私に力を取り戻す手助けをしてくれたパキスタン、イギリス、アラブ首長国連邦の病院の看護師、医師、そして職員の方々に感謝します。国連事務総長パン・ギムン氏のGlobal Education First Initiative(世界教育推進活動)と国連世界教育特使ゴードン・ブラウン氏と国連総会議長ブク・ジェレミック氏の活動を、私は全面的に支持します。みなさんのたゆまないリーダーシップに感謝します。みなさんはいつも、私たち全員が行動を起こすきっかけを与えてくれます。親愛なる少年少女のみなさんへ、つぎのことを決して忘れないでください。マララ・デーは私一人のためにある日ではありません。今日は、自分の権利のために声を上げる、すべての女性たち、すべての少年少女たちのためにある日なのです。何百人もの人権活動家、そしてソーシャルワーカーたちがいます。彼らは人権について訴えるだけではなく、教育、平和、そして平等という目標を達成するために闘っています。何千もの人々がテロリストに命を奪われ、何百万もの人たちが傷つけられています。私もその1人です。そして、私はここに立っています。傷ついた数多くの人たちのなかの、一人の少女です。私は訴えます。自分自身のためではありません。すべての少年少女のためにです。私は声を上げます。といっても、声高に叫ぶ私の声を届けるためではありません。声が聞こえてこない「声なき人々」のためにです。それは、自分たちの権利のために闘っている人たちのことです。平和に生活する権利、尊厳を持って扱われる権利、均等な機会の権利、そして教育を受ける権利です。親愛なるみなさん、2012年10月9日、タリバンは私の額の左側を銃で撃ちました。私の友人も撃たれました。彼らは銃弾で私たちを黙らせようと考えたのです。でも失敗しました。私たちが沈黙したそのとき、数えきれないほどの声が上がったのです。テロリストたちは私たちの目的を変更させ、志を阻止しようと考えたのでしょう。しかし、私の人生で変わったものは何一つありません。次のものを除いて、です。私の中で弱さ、恐怖、絶望が死にました。強さ、力、そして勇気が生まれたのです。私はこれまでと変わらず「マララ」のままです。そして、私の志もまったく変わりません。私の希望も、夢もまったく変わっていないのです。親愛なる少年少女のみなさん、私は誰にも抗議していません。タリバンや他のテロリストグループへの個人的な復讐心から、ここでスピーチをしているわけでもありません。ここで話している目的は、すべての子どもたちに教育が与えられる権利をはっきりと主張することにあります。すべての過激派、とりわけタリバンの息子や娘たちのために教育が必要だと思うのです。私は、自分を撃ったタリバン兵士さえも憎んではいません。私が銃を手にして、彼が私の前に立っていたとしても、私は彼を撃たないでしょう。これは、私が預言者モハメッド、キリスト、ブッダから学んだ慈悲の心です。これは、マーティン・ルーサー・キング、ネルソン・マンデラ、そしてムハンマド・アリー・ジンナーから受け継がれた変革という財産なのです。これは、私がガンディー、バシャ・カーン、そしてマザー・テレサから学んだ非暴力という哲学なのです。そして、これは私の父と母から学んだ「許しの心」です。まさに、私の魂が私に訴えてきます。「穏やかでいなさい、すべての人を愛しなさい」と。親愛なる少年少女のみなさん、私たちは暗闇のなかにいると、光の大切さに気づきます。私たちは沈黙させられると、声を上げることの大切さに気づきます。同じように、私たちがパキスタン北部のスワートにいて、銃を目にしたとき、ペンと本の大切さに気づきました。「ペンは剣よりも強し」ということわざがあります。これは真実です。過激派は本とペンを恐れます。教育の力が彼らを恐れさせます。彼らは女性を恐れています。女性の声の力が彼らを恐れさせるのです。だから彼らは、先日クエッタを攻撃したとき、14人の罪のない医学生を殺したのです。だから彼らは、多くの女性教師や、カイバル・パクトゥンクワやFATA(連邦直轄部族地域/パキスタン北西部国境地帯)にいるポリオの研究者たちを殺害したのです。だから彼らは、毎日学校を破壊するのです。なぜなら、彼らは、私たちが自分たちの社会にもたらそうとした自由を、そして平等を恐れていたからです。そして彼らは、今もそれを恐れているからです。私たちの学校にいた少年に、あるジャーナリストがこんなことを尋ねていたのを覚えています。「なぜタリバンは教育に反対しているの?」。彼は自分の本を指さしながら、とてもシンプルに答えました。「タリバンはこの本の中に書かれていることがわからないからだよ」彼らは、神はちっぽけで取るに足りない、保守的な存在で、ただ学校に行っているというだけで女の子たちを地獄に送っているのだと考えています。テロリストたちは、イスラムの名を悪用し、パシュトゥン人社会を自分たちの個人的な利益のために悪用しています。パキスタンは平和を愛する民主的な国です。パシュトゥン人は自分たちの娘や息子に教育を与えたいと思っています。イスラムは平和、慈悲、兄弟愛の宗教です。すべての子どもに教育を与えることは義務であり責任である、と言っています。親愛なる国連事務総長、教育には平和が欠かせません。世界の多くの場所では、特にパキスタンとアフガニスタンでは、テロリズム、戦争、紛争のせいで子どもたちは学校に行けません。私たちは本当にこういった戦争にうんざりしています。女性と子どもは、世界の多くの場所で、さまざまな形で、被害を受けています。インドでは、純真で恵まれない子どもたちが児童労働の犠牲者となっています。ナイジェリアでは多くの学校が破壊されています。アフガニスタンでは人々が過激派の妨害に長年苦しめられています。幼い少女は家で労働をさせられ、低年齢での結婚を強要されます。貧困、無学、不正、人種差別、そして基本的権利の剥奪――これらが、男女共に直面している主な問題なのです。親愛なるみなさん、本日、私は女性の権利と女の子の教育という点に絞ってお話します。なぜなら、彼らがいちばん苦しめられているからです。かつては、女性の社会活動家たちが、女性の権利の為に立ち上がってほしいと男の人たちに求めていました。しかし今、私たちはそれを自分たちで行うのです。男の人たちに、女性の権利のために活動するのを止めてくれ、と言っているわけではありません。女性が自立し、自分たちの力で闘うことに絞ってお話をしたいのです。親愛なる少女、少年のみなさん、今こそ声に出して言う時です。そこで今日、私たちは世界のリーダーたちに、平和と繁栄のために重点政策を変更してほしいと呼びかけます。世界のリーダーたちに、すべての和平協定が女性と子どもの権利を守るものでなければならないと呼びかけます。女性の尊厳と権利に反する政策は受け入れられるものではありません。私たちはすべての政府に、全世界のすべての子どもたちへ無料の義務教育を確実に与えることを求めます。私たちはすべての政府に、テロリズムと暴力に立ち向かうことを求めます。残虐行為や危害から子どもたちを守ることを求めます。私たちは先進諸国に、発展途上国の女の子たちが教育を受ける機会を拡大するための支援を求めます。私たちはすべての地域社会に、寛容であることを求めます。カースト、教義、宗派、皮膚の色、宗教、信条に基づいた偏見をなくすためです。女性の自由と平等を守れば、その地域は繁栄するはずです。私たち女性の半数が抑えつけられていたら、成し遂げることはできないでしょう。私たちは世界中の女性たちに、勇敢になることを求めます。自分の中に込められた力をしっかりと手に入れ、そして自分たちの最大限の可能性を発揮してほしいのです。親愛なる少年少女のみなさん、私たちはすべての子どもたちの明るい未来のために、学校と教育を求めます。私たちは、「平和」と「すべての人に教育を」という目的地に到達するための旅を続けます。誰にも私たちを止めることはできません。私たちは、自分たちの権利のために声を上げ、私たちの声を通じて変化をもたらします。自分たちの言葉の力を、強さを信じましょう。私たちの言葉は世界を変えられるのです。なぜなら私たちは、教育という目標のために一つになり、連帯できるからです。そしてこの目標を達成するために、知識という武器を持って力を持ちましょう。そして連帯し、一つになって自分たちを守りましょう。親愛なる少年少女のみなさん、私たちは今もなお何百万人もの人たちが貧困、不当な扱い、そして無学に苦しめられていることを忘れてはいけません。何百万人もの子どもたちが学校に行っていないことを忘れてはいけません。少女たち、少年たちが明るい、平和な未来を待ち望んでいることを忘れてはいけません。無学、貧困、そしてテロリズムと闘いましょう。本を手に取り、ペンを握りましょう。それが私たちにとってもっとも強力な武器なのです。1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。教育こそがただ一つの解決策です。エデュケーション・ファースト(教育を第一に)。ありがとうございました。

いろんな考え方があると思うけど、パキスタン本国では彼女に対して賛否両論だったり、襲撃自体がやらせ(タリバンがしたのに殺せてない、髪の毛剃ってない脳外科手術)という人もいたりするみたいだけど、国連という場でこれだけ堂々と話せるの…スゴいよね。

同じ国連で話したエマ・ワトソンを思い出しちゃった。

国連事務総長、総会議長、「UN Women」の幹部の皆さま、そして来賓の皆様。本日、私たちは「HeForShe」 キャンペーンを立ち上げます。皆さんの手助けが必要です。 男女の不平等を終わらせるために皆さんのご参加が必要です。 こうした取り組みは、国連初のことです。 できる限り多くの男性や男の子の背中を押し変化への主唱者になって頂きたいのです。ただお話するのではなく実体あるものにしたいのです。6ヶ月前「UN Women」の親善大使に任命されフェミニズムについて語るほど、女性の権利のために声をあげることはとても頻繁に男性敵視と同じに見られるということに気づきました。もし、1つだけ確信してるとしたら、これは終わりにすべきということです。 念のためお伝えしますと、フェミニズムの定義は、男女が平等の権利を持ち、機会を持つという信念です。政治の、経済の、そして、社会の男女平等の理論でもあります。性の違いに基づく思い込みに昔から疑問を持つようになりました。私が8歳のとき、(学校で)保護者向けに私たちが演じる演劇の演出をやりたかったのですが、でも男の子たちはそうじゃなく、「偉そう」と言われて混乱しました。私が14歳のとき、特定のメディアに性的な対象として描かれました。 私が15歳のとき、友達の女の子たちが大好きなスポーツ・チームを男っぽく見られたくないからという理由でやめはじめました。私が18歳のとき、男性の友人たちは自分の気持ちを表に出せずに苦しんでいました。 私はフェミニストであろうと決心しました。私には単純なことでした。でも、最近調べたところフェミニズムは人気のない言葉になっています。女性たちが自分がフェミニストだと思われないようにしています。明らかに私は、意見が強すぎ、攻撃的過ぎて近寄り難く、そして男性に敵対的で、魅力すらない類の女性の一人と見られています。なぜ、その(フェミニズムという)言葉はそんな酷い言葉になったのでしょう? 私はイギリス出身ですが、男性と同じ報酬が支払われることを私は正しいと思うのです。自分の身体のことは自分で決められるということを私は正しいと思うのです。私は・・・。私は自分のためにもに生活に影響を与える政策や意思決定に女性たちが関わることを正しいと思うのです。男性と同じだけ尊敬されることを私は正しいと思うのです。でも、悲しいことに、全ての女性がこうした権利を受けられると期待できる国は世界に1つもありません。男女平等を完全に達成したと言える国も世界に1つの国もありません。こうした権利を私は人権だと思います。しかし、私は幸運な人々の中の一人に過ぎません。私の人生はとにかく恵まれています。なぜなら、私の両親は私が娘だからという理由で私への愛を減らしませんでした。学校も、女の子だからという理由で私を制限しませんでした。指導者の方々も、いつか私が出産するからという理由で私を留まらせようと思っていませんでした。影響を与えて下さった方々が男女同権の伝道師として、今の私を形作ってくれました。気づいていないかもしれませんが、彼らは無自覚なフェミニストであり今日の世界を変えているのです。私たちはもっとこうした方々が必要です。もしあなたがその言葉を憎むのなら、重要なのは言葉じゃありません。その背後にある考え方や、志こそが重要なのです。なぜなら、全ての女性が私が持っているのと同じ権利を有していないからです。実際、統計的には(権利を持つ女性は)ほんのわずかなのです。1997年にヒラリー・クリントンが、北京で、女性の権利について有名なスピーチをしました。悲しいことに彼女が変えたかった多くの物事は今日でも変わっていません。 しかし、私が最も気になったのは、男性の聴衆が30%未満だったということです。半分の人しか招待されず、意見交換を促されずに、どうして世界を変えられるのでしょう? 男性の皆さん、私はこの機会に皆さんを正式にご招待させて頂きます。男女平等はあなたの問題でもあるのです。なぜなら、今日まで父親の親としての役割は、子どもが父の存在を母の存在と同じほど必要だったとしても軽視されているからです。精神病を患い、助けを求めることもできずにいた若い男性達を見たことがあります。彼らは男らしさを失うことを恐れたのです。男らしさを失うことを。実は、イギリスでは自殺が男性の最大の死因なのです。20歳から49歳までにおいて交通事故、癌、心臓病を上回っているのです。心が傷つきやすく不安を抱えている男性もいます。歪んだ男性の成功像によって、男性も男女平等の恩恵を得ていないのです。私達は、男性が性別の固定概念に囚われてるなんて話をしたがりません。でも、彼らが囚われていると分かるんです。そして、彼らが自由になったとき、当然の結果として、物事は女性にとって変わるでしょう。もし男性が強気であり続けなくても(社会に)受け入れられれば、女性が従順であるよう強要されることもないでしょう。男性に、支配する必要がなければ女性は支配されずに済むのです。男女共に、自由に繊細な感性を持つべきです。男女共に、自由に強くなるべきです。今や性別は、2つの対立する理想ではなく、1つの連続体として見るべき時です。偽りの姿で、お互いを決めつけることをやめ、ありのままの姿を見つめられればみんなもっと自由になれるのです。これが「HeForShe」の意義です。自由についての運動なのです。彼らの娘や姉妹や母が偏見から解放されるためだけでなく、彼らの息子たちが傷つきやすく人間らしくて良いとの許可を得るために、男性にこの運動に加わって欲しいのです。捨て去った自分らしさを取り戻してください。そうする中で、もっと、ありのままの本当の自分になって下さい。 あなたは、このハリーポッターの女の子は何者なのだ?と思われているかもしれません。国連で何をしてるのだ?と。それはたいへん良いご質問です。私も同じことを自問してきました。私が分かってるのは、ただこの問題に関心がありより良くしたいということです。これまでの経験を踏まえ、この機会を与えられ、何か発言するのは私の責任だと感じています。イギリスの政治家、エドマンド・バークはこう言いました。邪悪な勢力が勝利するのに必要なのは、善良な男女が何もしないことだけだ。このスピーチへの緊張と疑念が沸いたとき、こう自分に強く言い聞かせました。私じゃなかったら、誰が? 今じゃなければ、いつ?と。あなたに機会が訪れたとき同じような疑問があるなら、今日のスピーチがお役に立てば幸いです。なぜなら、現実には、もし私たちが何もしなければ、男性と同じ仕事をして同じ報酬を女性が期待できるようになるまで、75年、いやほぼ100年はかかるでしょう。1550万人の少女たちが子どものまま今後16年間に結婚します。現状のペースのままだと2086年まで、アフリカのすべての少女達への中等教育ですら実現しません。平等を信じているのなら、先ほどお話したように、あなたも無自覚なフェミニストの一人かもしれません。そんなあなたに拍手をおくります。みんなをまとめる言葉には苦しんでいますが、しかし、良い知らせは、みんなをまとめる運動はあるということです。それが「HeForShe」です。あなたも前へと進み表へ出て、こう自分に問いかけて下さい。自分でなければ誰が?今でなければいつ?と。どうもありがとうございました。

ときどきふるえそうな声になりながらも、力強くキリッとしてる姿がステキだなーって思ったんだけど。これも…けっこういろいろ叩かれたりしてて、心が痛みました。
ネットの世界だけに限らないんだろうけど、言いたいことをハッキリ外に出しちゃう人のエネルギーって…こわいなぁって、思ったよ。

ついでに、エマのスピーチにあった1997年北京でのヒラリー・クリントンのスピーチも貼付けておきますね。三人の英語の違いも、またおもしろかったりします。

これからもう18年も経っちゃってるのに、ねぇ。多くを語るのは控えますが…。

しかし、お三人ともかっちょえ〜ッ!
そう思っちゃうなんもできない凡人のワタクシは、せめて目の前の案件”家の片づけ”に専念いたします。
ではまた。