2014年9月10日水曜日

帰ろっ

どっかから聞いた確証を得ない話をさもエラそうに話すオトコがでぇっ嫌いなのは、父の影響かもなぁ…というのを再認識した朝です、おはようございます。

自分の持論を話してるんだろうけど、それはいったいどこから仕入れたんだろうという断片的に知った情報に9割以上自分の脚色して断定的な物言いするのを聞いてるが、苦痛。

本人の中で終わるものはそのままでいいから黙ってるけど、母のことや今回の被災に関わることであまりに的外れなのを対外的に言ってほしくないなぁー。やんわりと軌道修正できたらいいんだけど。

そういう気持ちが災いしたのか、きのう帰宅して現地の話を聞きたがるので話してたら、そこから派生して上から目線まで加わって「こんなんじゃわかるわけない。役人なんて年寄りの気持ちなんか理解できない」と。
親が困ってるのも嫌なので、「そういう困ってる事は、住んでる人が区に伝えたら良くなるよ」って言ったら、「俺は見てわかるよ」。

え?
今、わかんないって言ったじゃん。

「そうなんだね。また思ったら区や市に教えてあげたらいいよ」って言ったら、「お前なんか、なんにもしてないだろうがっ!」に始まって、いろいろ言われて、さすがに、へ???

毎日のボランティアに行ってたのはなんだったんでしょ。
何もしてないんだって( ;´Д`)。

個人攻撃して、相手がグゥの音も出なくなるまでやるのが父流。
進展せず、次に繋がらない会話はつまんない。なんかもういいやって感じで席を立ったら、激昂して「全部片付けてからにしろ!」

まぁ、昔から短気だったからなぁ。
だってこの状況だと、裸足で外に放り出されたり、鉄拳だったもん。

和室に入ってネットでホテル予約サイトをiPadで開きながら、たまらず妹に電話したら…声を聞いたとたんに泣けちゃって…。

そしたら、車で片道一時間弱かかるにもかかわらず、近くまで迎えにきて泊まらせてくれました。もちろん、父にはホテルとった…って言ったけど。
ってなわけで、もうこれ以上ここにいてもできることがなさそうなので戻ります。

ある日の現場では、沖縄の広島県人会から送られた土嚢袋が支給されていました。
海仲間の土建屋さん直伝のカクスコ(先の平たいスコップ)の使い方も生かされて、せっかく土嚢作るのも上手くなってきてるのに、お名残り惜しゅうございます。

この父の物言いがイヤで、子どもや孫が寄りつかなくなってた家にかなりの覚悟して行ったワケだから、この展開は想定内だったけど、そばに母がいてかわいそうでね。
家を出る前に、「ごめんね、かぁさん。わたし…こんなつもりで来たわけじゃないのよ。また、絶対また来るからね」って、手を握って言えたけど、悲しい思いさせちゃったわ。

妹んちに着いた頃、たたみかけるように「しっかりしてくれよ、かわいそうなのは婆さんだぞ」から始まった長文メールがきて、即削除。
しばらく顔見るのも、声聞くのもイヤだぁ~って思った技量のカケラもない娘です。
ちせっ!

世間にはお父さんと仲良く過ごせてる人のほうが多いのに、悲しいなぁ。
でも、おきた事は仕方がない。次のことはまた、その時に考えよう!
これで、トイレシートと自分の服がいっしょに洗われることもなく、ラジオと二台のテレビの音量に悩まされることもなく、夜な夜なGの飛行に耐えなくてもいいんだもんね。しばらく家でゆっくりしよう。青タンも作らず骨折もせず、無事に避難できてなによりだよ、よかったよかった。
さっ、ご機嫌直して鹿児島帰ろっ♪♪

【業務連絡】
身近な人、今晩、泣いてぶちまけたらすまん( ;´Д`)