年明け早々、”森八”の辻占、やってみた。
やっぱり35㎜F2のレンズは柔らかく写っていいわぁ。(え?そこ??)
なんと、今年の私は『塵も積もれば山となる』。
去年の『禍福は糾える縄の如し』より、気持ちがラクだなぁ。
(以下、今年の年頭の挨拶は暗いので、そういう気分じゃない人は飛ばしてね)
わたし、福はほどほどでいいと思ってるし、人生に良いことばっかりないのもちゃんとわかってる。
でも「禍もあるからな。良いことばっかりあると思うなよ」って面と向かって言われた去年の辻占は、ぶっちゃけ元旦から悲痛な気持ちになった。
それはそれとして気を取り直して…夫の年齢も考えてぼちぼち家の物を減らそうと整理をしてたら、七月に”あんなこと”があって、終の住処と思って自分が良いようにあれこれ手を入れた家を処分して、引越し。
十月にあった”こんなこと”は引越し以上の精神的大打撃で、なにも考えられないし、なにも食べたくなくて、ベッドでほとんど死体状態。晴れても気分は晴れないし、アタマを持ちあげられない。いっそ泣ければいいのに泣けなくて、顔がはりついたみたいに無表情。気の持ちようと思ってにっこりしてみるけど、目まで笑えなくて、体重は44kgを切った。
ほんとに弱った…。
このまま元気になったら衝動的にベランダから飛び降りそうなとこまで追い詰められたから、用がなくても外に出て、事情を知らない人と接したり、とりあえずひとりランチしたり、プールで泳いだり、図書館で雑誌を読んだり。
やっと大丈夫…と思えるとこまできた段階で知ってる人に会ったら、大きな駅の改札前なのにポロポロ泣けて止まらなくなっちゃった。
あぁ〜、やっぱりわたし、かなりしんどかったんだ。
その時やっと泣けて、今はドン底よりだいぶ回復。
あとは、絵を描いたり、服を縫ったり、パンを捏ねたり、ケーキを焼いたり、薬膳の勉強をし直したり、ヨガやバレエで体を修正したり。そういう好きなことができる環境に身を置いていたら、ガチガチにかたまった気持ちもほぐれてくれると思う。
急いで歪み(ゆがみ・ひずみ)がでないように、ゆっくり、ゆっくり…。あの気持ちを完全に忘れ去ったり乗り越えるのはムリだけど、袋に入れることも封をすることもできない今の状態から、袋の口を結わえて遠くにおく余裕が出てくるまで、”ときぐすり”が効くのを待ちましょ。
そんな去年だったけど(言えなかったけどやっと報告)、それに比べて今年の『塵も積もれば山となる』は希望があって、自分に託されてる部分が多くてうれしいよぉ。
もしかして、心の底にドロドロと澱のように残ってる気持ちでずっといたら、それも積み重なっちゃうぞ…っていう意味?と深読みしたけど、そうじゃなくて「コツコツ小さなことからやんなさいね」って意味よね?
肩にうんと力を入れてガッツポーズで「よし、がんばるぞっ❗️」ってできればいいんだけど、そこまで今のわたしは元気じゃない。
でも、ほどほど努力はしないと自分が嫌いになっちゃうから、ちょっとだけ毎日がんばって悪あがきしてみる。そしたら、去年のザンネンな事件や気持ちもそのうちにいい栄養になりそうな気がする。
うん…、まずはムリなくできるところから。
きょうは中国のお正月みたいに、皮からぎょうざ作ろう♪